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2011/06/28

展示会の準備

『ART PLAZA U-40建築家展』
2011_u40.jpg
アートプラザさんの協力のもと、みんなで担当を決めてやっています。
タカセは紆余曲折あって、、、「あいさつ文」担当

************** 以下、推敲中の文 **************

ご来場ありがとうございます。
ここアートプラザは、大分県生まれの世界的建築家、磯崎新さんが若い時に県立図書館として設計した建物です。
ここで、大分で建築にたずさわる30代の有志が集まり展示会を開催することになりました。
昨年の8月に開催した「建築家の過程展」の継続イベントとして、形を変えながら恒例化をする予定です。
今年は「ART PLAZA U-40建築家展」 とタイトルを変えました。
テーマはありません。普段は個々に活動している11組(13名)の合同展です。
ひとつの活動が「点」とすると、それが集まることにより「円」になり、さらに続けることでより立体的な「球」が見えてくることを願っています。

今年と昨年が大きく違うのは3月に東北で大きな震災があり、今もその影響のなか戦っている人々が何万人もいるという事実です。
お亡くなりになられた方々のご冥福を。また、被災された皆さま、そのご家族の方々に心よりのお見舞いを。
そして、一日も早い復興を。祈らずにはいられません。
神戸の震災のとき、ぼくたちの多くはまだ学生だったし、できることも少なかった。
日本に再び危機が訪れたとき、建築を生業とするものとしてぼくたちは「何かできるはず」と思っていました。
しかし、想像をはるかに超える自然の猛威と目に見えぬ社会のシステムの中で、若いぼくたちにできることは、またあまりに少なく、また一種の無力感をひとりひとりが味わいました。
だけど、ズット立ち止まっているわけもはいかない。
ぼくたちは、さまざまなデザインで、いろいろなクリエイションの現場で、そして建築で・・
日々の活動をとおして、できることをやろうと思っています。

震災に強い建物や都市を作ることや、省エネなシステムの提案。これも大切なことで、ぼくたちの職能の一部です。
だけど今、もっと大事なことがあるのではないかと感じています。
なんでもない「あたりまえの日常」という幸せ、人々の「絆(きずな)」や「まち」への思い。
ぼくたちの仕事は、微力ながら大分という一地方で日々の活動をとおして、建物の設計やまちづくりのお手伝いをしながら、そんな「大切な何か」を作ることだと考えています。
「今、ここ」で、ぼくたちに何ができるだろうか? 
次の世代に何が残せるだろうか?

そもそも、「建築家」って何だろう? 「まち」って何だろう?
今回の合同展示は、そんなことを考えなおす場としても、貴重なチャンスだと思っています。
この意味は、それぞれの出展者によっても違いがあると思います。それぞれの展示を見て、感じ・考えてみて下さい。
この言葉には、いろいろな意味がありますが、今回の展示会では「建物」=「建築」では、ありません。
「一級建築士」=「建築家」でもありません。
「建築とは、空間の芸術だ」という人もいます。でも、絵や彫刻のような芸術(ファインアート)とは違います。
法律・建設技術・費用・土地・風土などなど、いろいろな制約・条件があるからです。

では「建築」とは? 
建物ができるまでに(あるいは、できなかったとしても)いろいろな条件やそれにかかわる人の思いなどを「再構築」(整理しながら形にしていく作業のこと)することかもしれません。
それはまた、いろいろな物事の関係性に新しい「答え」を見つけることや、新しい「問い」を立てることかもしれません。
考えてみて下さい。皆さんにも「建築」はできるのです。

では「まち」とは? 大分をどう思いますか?
大きな都市と地方は、それぞれ別の問題をかかえています。ちがう症状の病気にかかっているのかもしれません。
どこでも問題はあるものだと思います。 たくさんの情報や刺激、より便利な暮らしを追及し更なる繁栄をと、自然を開発する時代は終わりました。地球の資源が有限だということも分かってきました。ストレスを避けるために自然と共にありたいと思う人が増えてきました。
そんな21世紀の今、かけがえのない自然の恵みがたくさんのある大分で生活するぼくたちは、「まち」に何を求めているのでしょうか? 
東京みたいに「何でもある大都市」にできると思っている人は少ないと思います。
ほかの都市と比べて「大分は、ぜんぜん負けてない!」と、胸を張りたいと思っています。
だけど現状に、さまざまな問題があることも感じています。

では、この「まち」で生活するぼくたちは何を求めているのでしょうか? 
市民が求めないものは、できないはずです。だけど「地域再生」はどこでも簡単にはうまくいきません。
簡単には解決できない問題が多くあるからでしょう。
「まち」の病気は治らなくても大人たちは、今すぐ「スゴク困る」ことはないのです。
だけど、ここで生まれた子供たちのことを考えると、どうでしょう?
ぼくたちは、デザイナーとして、クリエーターとして想像力を働かせて、仕事をしています。
日々いろいろな壁に、ぶつかることを経験させられます。
本当に恐いのは、何も求めない市民の無関心です。「どうせ変わらない」というニヒリズムです。ニヒリズムという虚ろな水面。
先進国でありながら、地方の遅れた建築文化状況の本当の問題はここにあるのかもしれません。もう一度、言います。皆さんにも「建築」はできるのです。
ぼくたちは、立ち止まってはいられません。

ぼくたちの仕事は、この虚ろな水面にひとつずつ石を投げるようなことです。
石を投げてみて、そこにできる波紋の「円」を見たいと思っています。

良くないとわかっていても、今現実に廻っているシステムをちょっとだけでも変えるということは、とても難しいことのように思います。
みんなが良いと思っている理想の社会も、簡単には実現できません。
でも、あきらめたらないで。夢のようなことも、みんなが真剣に思い続ければ、いつかかなうかもしれません。
そのために、やらなければならないことは山のようにあるでしょう。
種を蒔かなければ、花は咲きません。
ひとりひとりが、考え始めているのではないでしょうか?
なにかできると思う人は一緒にやりましょう。
今は何ができるかわからない人は、せめて一緒に話しましょう。

まずは、ぼんやりでもいい。想いの断片の「円」を一緒に描こう。
みんなで描きはじめることで個々の差異やあるいは共通点が見えてきて、徐々にその輪郭がはっきりしてくるのではないでしょうか?
今回のイベントは、ぼくたちにとっても、そんなぼんやりとした「円」を描くことです。

皆さんもそんな想いの断片の「円」の中に入り一緒に話しませんか?
たとえば、幸せのイメージ。 たとえば、大切にしている時間。お気に入りの場所。楽しかったこと・・・。


今、ぼくたちは何を求めているのだろう?

ぼくたちひとりひとりは小さな「点」かもしれない。
でも、ひとりひとりが考え始め、心に小さな「円」を描き始めたとき、それが「球」になる。そんな気がします。


                               ART PLAZA  と U-40建築家展実行委員会
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